当社の宮司は、本務社である常陸國總社宮のほかに、近郷近在23社の兼務社の宮司として、年間を通し祭祀に奉仕しています。

佐志能神社(竜神様)
住所
茨城県石岡市染谷1856      
御祭神
豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)、タカオカミノカミ、国常立命(くにのとこたちのみこと)、大己貴命、少彦名命(すくなひこなのみこと)、国狭槌命(くにのさつちのみこと)、豊斟渟命(とおくみぬのみこと)、猿田彦命、金山彦命、天日鷲命(あめのひわしのみこと)、武甕槌命(たけみかつちのみこと)
例祭
4月19日

 旧郷社。通称竜神様。竜神山中腹に鎮座し例祭日には十二座神楽が奉納される。仁明帝承和四年三月戊子常陸國新治郡佐志能神官社に預かる。光孝帝仁和元年九月七日従五位下村上神社従五位上延喜式内小社。
  御祭神豊城入彦命は崇神帝の皇子、御母は遠津年魚眼妙媛命。勅命を奉じ、大功をたてたことにより、子孫に東国の国造に任ぜられるものが多かった。玄孫荒田別命の子孫佐白公が新治国造に任ぜられたとき、祖神を鎮斎した。タカオカミは軻遇突智神の御子で、暗龍神と同胞。両部で竜神と称し雨の神。昔、村上村であったので叙位の策命に村上神社としてある。その後分村して染谷村ができた。村上神社が染谷村の地域に入ったので、村上村では別に一社を創立し、日本武尊とタカオカミを鎮斎した。染谷佐志能神社は女竜神、村上佐志能神社は男竜神とされている。
 例祭日には茨城県神社庁新治支部より献幣使が参向し、幣帛料が献じられます。神事の終了後には染谷十二座神楽が奉納されます。
 社殿左手に屏風岩という岩があり、そこの「風神の穴」と呼ばれる穴に指を入れると雷鳴があるまで抜けないといわれています。また夏になるとここから暗雲が沸き起こり、竜神が現れて雨を降らせるとも言い伝えられています。
 文久二年社殿炎上、その後再建。明治二十九年四月一日郷社に列格。(新治地区神社誌)

 
鹿島神社
住所
茨城県石岡市染谷1017      
御祭神
武甕槌命(たけみかつちのみこと)、豊受姫命、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、足仲彦命、気長足姫尊
例祭
10月15日

 旧村社。創建年代不詳。嘉永六年十一月十五日修営(神主小松長門)の棟札がある。明治十五年六月村社に列格。 同四十一年一月当町内無格社稲荷、清心、厳島各神社を合併。同七月当社末社気比、稲荷各神社を合併。
 境内社の清心神社の例祭日(祇園祭)に神輿の渡御がある。(新治地区神社誌)

 
稲荷神社(鈴宮稲荷神社)
住所
茨城県石岡市国府2−1−5      
御祭神
宇迦魂命(うかのみたまのみこと)
例祭
2月初午日

 通称鈴宮稲荷神社。創建年代不詳。社伝によると天正年間の創建。府中七稲荷の一。天命二年本殿改修、大正十二年本殿修理竣工遷宮祭を執行。 平成三年十一月十七日、本・拝殿改築。(新治地区神社誌)

 
稲荷神社(福徳稲荷神社)
住所
茨城県石岡市府中1−10−32       
御祭神
宇迦魂命
例祭
2月初午日

 通称福徳稲荷神社。創建年代不詳。一名遇の宮と云い、信仰する者に福徳が授かるというのでこの名がある。 平成二年五月拝殿改築。(新治地区神社誌)

 
八幡神社
住所
茨城県石岡市谷向14−43      
御祭神
誉田別命 (ほむだわけのみこと)
例祭
10月10日

 創建年代不詳であるが、社伝によれば江戸時代の創建とされている。
 享保四年の隠密帳、安政三年寄進の社額、寛政三年四月「奉再建八幡宮」と記された棟札が残されている。(新治地区神社誌)

 
稲荷神社 (半の木稲荷神社)
住所
茨城県石岡市石岡11090      
御祭神
宇迦魂命
例祭
11月15日

 通称半の木稲荷神社。承応二年創建。天保十二年十一月十五日氏子中組頭樫村冶三郎京都伏見本宮より御分霊を迎祀。
 昭和六十年十一月二十三日、本・拝殿改築。(新治地区神社誌)

 
稲荷神社 (木比提稲荷神社)
住所
茨城県石岡市石岡2361−2      
御祭神
宇迦魂命
例祭
2月初午日

 通称木比提(きびさげ)稲荷神社。創建年代不詳。社伝によれば常陸大掾国香以来領主、地頭の祈願所と伝えられ、上下の崇敬篤く町の鬼門除けとして社殿が築かれたといわれている。
 昭和五十九年五月拝殿消失、その後再建。(新治地区神社誌)

 
青屋神社
住所
茨城県石岡市総社1−4−32      
御祭神
天照皇大神、鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、武甕槌命
例祭
7月21日

 創建年代不詳。鹿島神宮の祭典に奉幣使参向ことが保元の戦乱のため廃絶され、国府の在庁官大掾氏は旧六月二十一日城北青屋馬場に青茅を以って仮殿を造り、茄子瓜類を奉献して神宮遥拝式を厳修した。之が青屋神社、青屋祭の起源である。 鹿島神宮では青茅で仮宮を設け、朝夕八種の神饌を奉り、青茅の箸を用いうどんを食する習俗がある。 主祭神鵜葺草葺不合尊の神徳、安産守護の信仰が強く氏子はもとより市民の崇敬が篤い。
  平成16年6月、拝殿改築。(新治地区神社誌)

 
八幡神社 (若宮八番宮)
住所
茨城県石岡市若宮2−1−3       
御祭神
誉田別命
例祭
10月10日

 通称若宮八幡宮。神亀五年九月の創建。永保二年八幡太郎源義家が奥羽安倍貞任、清原武則追討の為下向の際、当社に朝敵退散の祈願をし、嚆矢を奉献したと伝えられる。 応永二年大田道灌下向の節にも戦勝を祈願した。天正十八年兵火のため拝殿消失。慶長七年再建。寛文五年領主松平伊勢守が本殿拝殿を修造し、応神天皇の御神影を寄進。(新治地区神社誌)

 
香取神社
住所
茨城県新治郡玉里村大字田木谷434      
御祭神
経津主命(ふつぬしのみこと)
例祭
11月23日

 旧村社。創建年代不詳。明治四年八月十二日の火災によりすべてを消失。口碑に日本武尊東征の折、桑原岳に布陣の際に当社を建立したと記されている。境内東南にある砦山鹿島山は皆陣地であると伝えられる。古来、その領主特に水戸家の崇敬を受けた。
 明治十五年四月村社に列格。(新治地区神社誌)

 
舘山神社
住所
茨城県小美玉市高崎466      
御祭神
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
例祭
6月5日

 元永元年五月五日平高幹が馬場を設けたとき、神馬の霊告によって岡の内に守護神として鎮斎、舘山と称した。のちに、鶴町三河守、京都伏見本宮より御分霊を迎祀。
 崇敬者極めて多く、その賽銭と寄付金により明治十八年社殿を新築。同三十年暴風火災にあったが、同年七月寄進金により再建した。(新治地区神社誌)

 
西ノ宮神社(夷宮)
住所
茨城県小美玉市高崎810      
御祭神
大穴貴命(おおなむちのみこと)
例祭
旧暦1月20日

 通称夷宮。佐竹義宣が領内霞ヶ浦沿岸の守護神として天正十七年一月二十日鎮斎。寛永年間玉里、高崎、石川、井関、安食、宍倉の元六ケ村の地先留川設立の際、御留川鎮守を仰せ付けられた。水戸藩主光圀公が元禄二年七月参詣。
  文政二年十一月四日炎上、その後再建。(新治地区神社誌)

 
春日神社
住所
茨城県かすみがうら市粟田467      
御祭神
天児屋根命(あめのこやねのみこと)、武甕槌命、経津主命
例祭
11月15日

 旧村社。創建年代不詳であるが、社伝によれば江戸時代創建とされている。宝永二年二月本田修造。明治十五年四月村社列格。平成元年十一月十五日拝殿改築。(新治地区神社誌)

 
高倉神社(鹿島神社)
住所
茨城県かすみがうら市高倉766      
御祭神
武甕槌命
例祭
12月15日

 通称鹿島神社。創建年代不詳であるが、社伝によれば江戸時代とされている。寛永二年村内旧記に本社神領のことが見える。明治十五年四月一日村社列格。大正三年染谷佐志能神社に合併。昭和十三年九月社殿造営、現神地に鎮斎。(新治地区神社誌)

 
香取神社
住所
茨城県かすみがうら市上志筑124      
御祭神
経津主命
例祭
10月15日

 創建年代不詳。社伝によれば江戸時代の創建と伝えられる。
 昭和五十六年十二月社殿改築。(新治地区神社誌)

 
皇産霊神社
住所
茨城県土浦市殿里字台6624      
御祭神
高御産霊命(たかむすびのみこと)
例祭
祈年祭
新嘗祭
11月19日
2月28日
11月29日

 旧村社。社伝によれば永承年間の創建といわれている。
 元弘三年上野の新田義貞が勤皇の義兵を四方に募った際、小田治人の一族がこれに呼応し、当社の近傍まで軍を進ませたところ、結城、白川、上野入道通忠の義軍と来会。両将は社前に於いて戦勝を祈願し、社頭で軍議を行い、神威を蒙り勝利を収めた。早速治久は報賽し、以来小田家の守護神として社殿を再興した。小田左京太夫政治の家臣信田治郎少輔が土浦在城のとき特に当社を信仰し、同家の代参として報賽度々であったと云われている。
  十一月十九日の例祭を定め、第六御供鏡餅の献饌、撤餅の式等盛儀であった。特にこの餅を食すると病難をさけられると信仰された。
  明治十七年二月村社に列格。(新治地区神社誌)

 
八幡神社
住所
茨城県石岡市部原104      
御祭神
誉田別命
例祭
旧暦8月15日

 旧村社。天正十年八月創建。明治十五年四月一日村社列格。(新治地区神社誌)

 
春日神社
住所
茨城県石岡市山崎184      
御祭神
天児屋根命、武甕槌命、経津主命、天照大神、タカオカミノカミ、クラオカミノカミ、大山祗命(おおやまつみのみこと)
例祭
11月28日

 明徳四年、小田五郎藤綱の難台山の勤皇軍と足利の長臣上杉朝宗との合戦の折、兵火に類焼し、旧記等を失った。その後久しく仮殿であったのを山崎駿河守が造営した。山上であった為、慶長二年七月十六日現神地春日山に遷座した。その後寛永二十年九月大槻兵部小輔が本殿を再建、大日権現と尊称、明治二年春日神社と改めた。同六年山崎村外三村の鎮守となる。明治六年四月一日村社列格。同七年一月当地内鹿島神社合併。(新治地区神社誌)

 
 
春日神社
住所
茨城県石岡市真家1243      
御祭神
天児屋根命、武甕槌命、経津主命、比売神(ひめのかみ)
例祭
11月15日

 旧村社。宍戸安芸守源家秀の氏神であり、正平二年十一月創祀。其の末裔真家氏が代々鍵元。本殿は元和元年十月真家氏再建。明治六年真家・成井二ケ村の鎮守となる。明治六年四月一日村社列格。大正元年十月当地内八坂神社合併。古来小児の夜泣きには小豆飯を献饌して祈願すると消除すると信仰されている。(新治地区神社誌)

 
貴船神社
住所
茨城県石岡市嘉良寿理270      
御祭神
罔象女命(みずはのめのみこと)、宇迦魂命
例祭
7月15日

 旧村社。応永十七年七月創建。地頭長谷川甚兵衛が永代祭典米寄進をした。明治十五年四月村社列格。(新治地区神社誌)

 
竹原神社
住所
茨城県小美玉市竹原2297      
御祭神
武甕槌命、素盞鳴尊
例祭
7月24日

 旧村社。鹿島神社の創建年代不祥。天保八年六月、一の矢牛頭天王を鎮斎。宝永五年四月十日別当観音寺大願佐久四郎次、木村宗玄(石祠)明治二年八坂神社と改称。同六年両社合併して竹原神社と現社号に改めた。
 大正二年十二月二十二日(第五七四号)供進指定、同四年七月十九日村内無格社孝謙天皇社を合併、同九年社殿大改築。昭和二十七年十一月十日宗教法人設立。
 例祭日には神輿の渡御があり、山車や獅子が繰り出されます。 (茨城県神社誌)

 
香取神社
住所
茨城県小美玉市中台387      
御祭神
経津主命
例祭
11月11日

応永九年下総国香取大神の御分霊を鎮斎。宝暦十年再建。
 反別壱筆限帳に、「明治九年四月常陸国茨城郡中台村字坂三八七番香取神社境内壱反参畝 但 縦三十九間横十間。参百八拾八番地坂、山林香取神社境外弐畝六歩 但 縦十五間横四間。右之通り御改め少茂相違御座無候也  伍長 島田左源太、戸長 小野篤平、下調係 宮内弥惣次、副区長 塚田総六、副長 島田治助」とある。
 明治十六年村社列格。昭和二十七年十一月十日宗教法人設立。(茨城県神社誌)

 
船玉神社
住所
茨城県小美玉市大谷632      
御祭神
猿田彦命、誉田別命
例祭
2月19日

 旧無格社。鎌倉時代創立。
 昭和二十七年十一月十日宗教法人設立。(茨城県神社誌)